『そらをとびたい』

『そらをとびたい』

山本直洋(写真)
ちかぞう(文)
(小学館)

“泣き出すくらいの解放感”
密室育児中のママとパパを救う!大迫力絵本

推薦者:竹中恭子

「一気に空に連れていかれたきもち」!この本の作者、山本直洋さんの写真を見た瞬間、ちかぞうさんは思ったそうです。

2005年生まれの上の子はまだ小さく、預けてやっと短時間の外出ができるくらいの時期のSNS(ミクシィ)の出版関係者の交流会。山本さんと出会った時から彼女は「これを絵本にしよう!」と考え、行動を起こします。

「産後の私は、借家の6畳間で赤ちゃんと2人きり。密室育児でした。ある日、ながらで聴いていたラジオから、アラスカの大自然を撮影した写真家・星野道夫さんのエッセー『旅をする木』の一節が流れてきて:

“私が東京であわただしく働いている時、その同じ瞬間、もしかするとアラスカの海でクジラが飛び上がっているかもしれない(中略)ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうかは、それは、天と地の差ほど大きい。”

こんなに広い世界があるんだ。そう感じたら泣いてしまって。もの凄い解放感を感じたのです。」

山本さんの写真を見た時、その解放感というか、開放感がよみがえってきて『山本さんの空撮写真には“アラスカのクジラ”に通じる力がある!』と思いました。

子育てって、あれもこれもやりかけで、色々なことを中断しながら、「ああでもない、こうでもない、でも・・・」を繰り返しながら進めていかなくちゃいけないじゃないですか。手がかかる2~3才になった我が子を追いかけながら『目が回るような毎日から解き放たれる感じを絵本にしたい。山本さんの空撮写真を見て救われるお父さんお母さんがきっといる!』そう考えました。

手っ取り早く絵本にしたい。さっそくライターとしての経験と人脈を生かし、主人公が鳥のように空を旅するストーリーの企画書を書き出版の売り込みを開始。ところが「ぜんぜん手っ取り早くなかった」(笑)。出会った当時は独身だった山本さんが結婚し父となり、ちかぞうさんには下に双子が生まれ、形にできずにダラダラと10年経ってしまったそうです。しかし2020年に編集者のKさんと出会います。

Kさんに言われたのは「写真絵本は作家性が必要」という言葉でした。「単に主人公が空を旅するのではなく、山本さんの気持ちを出していかないと。」そう言われたちかぞうさんは、山本さんが話す言葉から、山本さんが「撮ったときの気持ち」を絵本の言葉に置き換えていく作業を始めます。

インタビューのような感じで進めていったものの、「絵本の言葉をつむぐのは大変でした」。

「写真を見た人を空想の世界に飛ばすくらいの、山本さん自身の、とてつもなく大きな感動(価値)があるわけですから、その本当にリアルな体感を、子どもたちに橋渡しできる言葉なんてあるのかなって。」

そこで思い出したのは自分の子ども時代のこと。「母も忙しかったと思うのですが、夜だけではなく朝ごはんを食べた後も本を読んでもらっていました。」

ある晩、大好きな本を読んでもらうと約束したのに、寝る支度に手間取ってしまって読んでもらえなくなった時があった。その時、ちかぞうさんは「読んでくれるって言ったじゃない!」とわーわ―泣いてトイレに立てこもったそうです。「よく覚えています。そのくらい本を読んでもらう時間が大切だった。母が読み聞かせてくれる言葉を通して、主人公たちの世界を歩き回ったり飛び回ったり。わくわくドキドキしたくてたまらなかったのですね。」

絵本がついに出版となった2021年当時、ちかぞうさんの下の子どもたちは小学校2年生となり、この絵本を読みながら部屋の中を手を広げてぐるぐる回ったり、富士山の写真のページではギュっと手をつかんで「こわい・・・」と言ったりしたそうです。

「怖いんだけど、何度も見ちゃう。子どもたちは、画面に自分を投影させるので、主人公になって一緒に飛んでいるんだなあ、と思いました。」

同じ空の写真でもドローンではなく、モーターパラグライダーに乗って風や光をその場で感じてシャッターを切っている。読む側の人が自分も一緒に飛んでいる気持ちになれる。

山本さんの写真にはそれがある。読みながら体を揺らして楽しんでいる子どもたちを見て「この絵本、もしかして売れるんじゃないかと思い始めました(笑)」 

予想どおりというべきか。『そらをとびたい』は、SLBA(一般社団法人 学校図書館図書整備協会)選定図書となり、図書館でもリクエストが多い本のひとつとなっていく。山本さんの写真家としての反響も大きく世間への露出も増えていった。「うれしかったです。」

大人もいっしょに楽しめるよう、巻末に「モーターパラグライダーって何?」という文章を付け、小さな16点の写真の横に「雪をかぶっているのは浅間山。高度により風の向きや強さが違うので風の状態を見極めることが重要。群馬県・安中市上空 高度3000メートル」というような短い解説も付けた。そのせいか、『そらをとびたい』は子どもだけではなく中高生や年配者も手にとる人気の絵本となっていった。

「まだまだ子育て中でジタバタしてはいますが、今にして思うと子どもたちに育ててもらったのです。絵本の制作では、ことばの選び方や味わい方を教えてもらいました。それに読み方も。」

そうか。文中のことばたちがエネルギッシュに跳ねているように感じたのは、子どもとのやり取りの中で綴った言葉たちだからなのか。

「これを見て救われるお父さんお母さんがきっといる!」そう信じて子ども頃のからの夢、絵本の出版を果たしたちかぞうさん。私はくたびれた大人代表として心からお礼を言いたい。

気持ちいい空の写真絵本を世に出してくれてありがとう、と。

皆さんもぜひ、育児疲れをも吹き飛ばす、広い空の世界を味わってみてくださいね。

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